気分はガルパン、、ゆるキャン△

「パンツァー・リート」の次は「SHINY DAYS」や「ふゆびより」を聴いて元気を貰います

観聞日記

別子銅山遺跡・別子鉱山鉄道に行きました 16 端出場地区の貯鉱庫跡と鉱山鉄道跡

東平地区の巨大な貯鉱庫跡を見上げました。基礎部分だけでこの規模ですから、上の建物が有った頃はもっと大きな姿であった筈です。さきに資料館のパネル写真でその往時の風景を見ましたが、建物部分のほうが大きな比重を占めていたようで、いまの廃墟は施設…

別子銅山遺跡・別子鉱山鉄道に行きました 15 東平地区の索道基地跡

東平エリアの廃墟群の上の展望所にてガイドさんの説明があり、上図の谷を隔てた向こうの山の中腹の崖が見える範囲にも鉱山施設があった旨が紹介されました。あんなところにもあったのか、と思っていると、「あそこからここまで索道が設けられておりました」…

伊予西条の鉄道歴史パークに行きました 8 四国鉄道文化館南館のキハ65形とDE10形

四国鉄道文化館南館の車庫内には、3輌の車輌が並列に並んで保存展示されています。その中央にあるのが上図のキハ65形気動車34号機です。 嫁さんが今回の四国鉄道文化館見学の一番の目的としていたのが、この車輌です。かつて山陰線を走っていた気動車の一種…

伊予西条の鉄道歴史パークに行きました 7 四国鉄道文化館南館のC57形

四国鉄道文化館南館の車庫内には、3輌の車輌が並列に並んで保存展示されています。その、向かって右側にあるのが上図のC57形蒸気機関車44号機です。 御覧のようにヘッドライトと前照灯が点灯した状態で展示されています。静態保存ですが、動態保存かと思って…

別子銅山遺跡・別子鉱山鉄道に行きました 14 東平地区の鉱山施設跡

東平地区の鉱山鉄道跡のトンネル前にてガイドさんの説明を聞きました。それによれば、観光駐車場の辺りに駅があり、そこからこのトンネルを通って麓の第三通洞まで線路が通っていたそうです。 その軌道跡はいまは散策路に転じて第三通洞跡まで通じていますが…

別子銅山遺跡・別子鉱山鉄道に行きました 13 東平地区見学バスツアーへ

マイントピア別子本館入口前の売店の前のバス乗り場には12時48分に着きました。既にバスが待機していて、予約券をスタッフに見せてバスに乗りました。 ドアの横に「2号車」とあるので周りを見ると、少し後ろに1号車が居て、そちらは既に満席になっているよう…

伊予西条の鉄道歴史パークに行きました 6 四国鉄道文化館南館へ

十河信二記念館を出て、連絡橋「ぽっぽ橋」を渡って伊予西条駅のホームと線路を越え、南側のエリアへ行きました。橋の上で、嫁さんが立ち止まって「向こうに見えるの、給水塔?」と言いました。 「うん、給水塔やな。たぶんここの駅が開業した時に造ったもん…

伊予西条の鉄道歴史パークに行きました 5 十河信二記念館

四国鉄道文化館北館の二階というか展望所にあがりました。窓の外には伊予西条駅のホームをはさんで隣接する四国鉄道文化館南館のエリアが望まれました。「ここの鉄道文化館って、なんで線路はさんで両側に二つも建物置くのかなあ、ひとつの建物にまとめたら…

別子銅山遺跡・別子鉱山鉄道に行きました 12 旧端出場水力発電所跡 下

旧端出場水力発電所の建物は、明治四十五年(1912)に竣工した当時のままに残されています。 一階は事務室、発電機や周波数変換機が置かれるタービン室、そして奥の高圧室の三つの空間から成ります。その高圧室に入ると、上図の機械がありました。 引き返し…

別子銅山遺跡・別子鉱山鉄道に行きました 11 旧端出場水力発電所跡 上

別子銅山遺跡の第四通洞口跡の横から、芦谷川沿いの歩道をゆるやかに降りました。3分ほど歩いて後ろを振り返ると、上図のように第四通洞への鉄橋が遠くに離れていました。 そして前方左手には、上図のレンガ造りの古い建物が崖下にあり、そこへの階段が続い…

別子銅山遺跡・別子鉱山鉄道に行きました 10 泉寿亭と第四通洞口跡

鉱山鉄道のトロッコ列車でマイントピア本館に戻り、そこから線路に沿って園内を進みました。上図の線路が明治二十六年(1893)に建設されて以来の、別子鉱山鉄道の遺構で、国の登録有形文化財に指定されていますが、トロッコ列車の往復ではほとんど見えなか…

別子銅山遺跡・別子鉱山鉄道に行きました 9 再び別子鉱山鉄道へ

別子銅山の各所にあった坑道のうちの一つ、端出場坑道を観光用に再整備したルートの出口を出ました。「面白かったですねえ」と嫁さん。生の鉱山遺跡の坑道内に初めて入ったのですから、それは面白くて興味深くて楽しめたことでしょう。 その嫁さんが左手を指…

別子銅山遺跡・別子鉱山鉄道に行きました 8 別子銅山の端出場坑道

鉱山鉄道の駅を出て、観光坑道となっている端出場の坑道跡へ向かいました。坑道跡は、駅と上図の芦谷川を隔てて反対側にありました。 坑道口へと続く橋を渡りました。 鉱山遺跡には初めて、という嫁さんなので、何を見ても興味津々、早く次を見たくてたまら…

別子銅山遺跡・別子鉱山鉄道に行きました 7 鉱山鉄道駅の保存車輌

明治期以来の貴重な鉄橋を近くで見た後、観光トロッコ列車がまだ待機している駅ホームの前に戻りました。まっすぐに改札口を抜ければ、端出場地区の坑道見学コースに進みますが、その前に見ておきたいものがありました。嫁さんが「これです」とホームの反対…

別子銅山遺跡・別子鉱山鉄道に行きました 6 別子鉱山鉄道に乗る

廃線跡から降りて予定のコースに戻り、マイントピア別子の本館へ向かいました。途中に上図の周遊コースマップがありましたので、立ち止まって見上げました。「あれの赤点線が周遊コースやな、全部回るんやろ?」「うん、でも・・・、なんか通行止めの所があ…

別子銅山遺跡・別子鉱山鉄道に行きました 5 別子マイントピア前の廃線跡と貨車

別子銅山記念館の見学を終えて、山根公園の入口にあるバス停へ行きました。時計をみると9時46分でした。 このバス停「山根グランド」が、別子銅山記念館の最寄りのバス停です。JR新居浜駅から別子銅山遺跡・マイントピア別子へ行くバスがここに停まります。 …

別子銅山遺跡・別子鉱山鉄道に行きました 4 別子銅山記念館の坑内用車輛とED104機関車

別子1号機関車の次は、鉱山の坑道内で使われていた車輌を見ました。上図は坑道内で貨車や人車を牽引した電気機関車の一種です。せまい坑道内を通るので、車体も細く、低く造られています。 嫁さんはこういった鉱山鉄道内の専用車輌を見るのが初めてでしたの…

別子銅山遺跡・別子鉱山鉄道に行きました 3 別子銅山記念館の別子1号機関車

別子銅山記念館の見学を終えて外に出ました。大山積神社の鳥居と境内地が上図のように見えました。嫁さんが「あれに黒いのと赤いのが」と指しました。 神社の境内地の北側と北西側にL字形に機関車や貨車が並んでいるのが見えました。黒いのだけに屋根が付い…

別子銅山遺跡・別子鉱山鉄道に行きました 2 別子銅山記念館にて

開館時間の9時きっかりに、別子銅山記念館に入りました。嫁さんはもちろん、私も初めての入館でした。「松山に三年住んでた時にここへ行かなかったんですか?」「うん、その頃はもっぱら仏像や仏教美術がメインやったからな、あと、国分寺跡とか官衙とか古代…

別子銅山遺跡・別子鉱山鉄道に行きました 1 新居浜の別子銅山記念館へ

2025年11月14日の退勤後、京都駅へ直行し、同じく職場帰りの嫁さんと17時前に合流して烏丸口のコンビニで買い物をしたのち、新幹線ホームへ急ぎました。 まもなくホームにやってきた、17時25分発の博多行きのぞみ43号に乗りました。18時25分に岡山駅で降りて…

敦賀・一乗谷・長浜へ行きました18 長浜鉄道スクエアのED70形電気機関車とD51形蒸気機関車

長浜鉄道スクエアの「旧長浜駅舎」から「長浜鉄道文化館」へ移動して、北陸線の基点駅となった長浜の鉄道史や日本初の鉄道連絡船に関する資料などを見学しました。上図の「旧長浜駅ジオラマ」がなかなかの出来で、嫁さんも私もしばらく張り付いて眺めました…

敦賀・一乗谷・長浜へ行きました17 長浜鉄道スクエアへ

国友の里からバスでJR長浜駅に戻り、駅横のカフェ「伊吹山珈琲店」で軽食休憩をとったのち、駅の南に隣接する上図の長浜鉄道スクエアへ行きました。以前は長浜鉄道資料館と呼ばれ、現在は「旧長浜駅舎」と「長浜鉄道文化館」と「北陸線電化記念館」の3つの施…

敦賀・一乗谷・長浜へ行きました16 国友の火縄銃いろいろ

長浜の国友鉄砲ミュージアムの続きです。展示コーナーの一角に上図の木像がありました。名札には「国友一貫斎」とありました。「国友一貫斎って、国友鉄砲鍛冶の偉い人?」「そう。発明家でもあった。空気銃とか望遠鏡とか電灯とか鳥の形の飛行機とか作って…

敦賀・一乗谷・長浜へ行きました15 長浜の国友鉄砲ミュージアムへ

翌日8月2日も朝から快晴でした。6時半に嫁さんに鼻をつままれて「朝ごはんの時間ですよー」と起こされ、せきたてられて顔を洗い着替えて、一階のバイキング会場まで引っ張られていきました。 宿の東横インは、宿泊すると無料で朝食バイキングがいただけます…

敦賀・一乗谷・長浜へ行きました14 敦賀シンボルロードとC58形蒸気機関車

気比神宮の参拝を済ませた後は、嫁さんの提案で、大鳥居前からのシンボルロードをたどることにして、歩道脇に並ぶ数々の松本零士キャラクター像を見ながら歩きました。 上図は「銀河鉄道999」の有名なキャラクター2人です。嫁さんが「あー」と指さしました。…

敦賀・一乗谷・長浜へ行きました13 敦賀港線の廃線跡とランプ小屋

敦賀の赤レンガ倉庫の裏手に回りました。こちらは、建物を囲むレンガ塀も含めて昔からの雰囲気を保っているようでした。 レンガ倉庫を出る際に、嫁さんが係員の方に敦賀港線の廃線跡の位置を尋ねて、「すぐそこですよ、歩いて10分もかからないと思います。明…

敦賀・一乗谷・長浜へ行きました12 敦賀赤レンガ倉庫のキハ28形

敦賀の赤レンガ倉庫のジオラマ館を閉館時刻の17時半まで見て、外に出ました。 このレンガ建築は、1905年にアメリカの石油会社「ニューヨーク・スタンダードカンパニー」によって建設されました。欧亜国際連絡列車の発着駅として敦賀が繁栄した時代に造られ、…

敦賀・一乗谷・長浜へ行きました11 敦賀赤レンガ倉庫のジオラマ館

敦賀鉄道資料館の次は、近くの上図の敦賀赤レンガ倉庫へ行きました。 敦賀赤レンガ倉庫は、1905年に外国人技師の設計によって石油貯蔵用の倉庫として建設され、一時期は軍の備品倉庫や昆布貯蔵庫としても使用された、福井県内でも有数のレンガ建築物です。 2…

敦賀・一乗谷・長浜へ行きました10 敦賀鉄道資料館

敦賀鉄道資料館に入りました。建物はかつての敦賀港駅駅舎を復元しているそうですが、最初見た時は昔の建物が残されているのか、と思ったほどに壁も柱も扉も古めかしい雰囲気でした。 入ると、上図のキャラクターパネルが置いてありました。嫁さんが「これっ…

敦賀・一乗谷・長浜へ行きました9 一乗谷から敦賀へ

西山光照寺跡より博物館に戻り、入り口前のバス停から14時34分発の「朝倉・永平寺ダイレクトバス」に乗りました。 嫁さんが「意外に面白かったですねえ・・・、今回は博物館を見るって計画で来ましたけど、やっぱり半日ぐらいとって朝倉氏遺跡の現地を見に行…