気分はガルパン、、ゆるキャン△

「パンツァー・リート」の次は「SHINY DAYS」や「ふゆびより」を聴いて元気を貰います

ガルパンの聖地 ・ 大洗を行く37 その16 「カバさんチームⅢ号突撃砲です!!」

 江口又進堂の後は、持参した土産を配るべく各店舗に行き、カノウヤにも立ち寄りましたが、以前のカノウヤ応援作戦で一緒に作業したSさんやEさんやOさんにも久し振りに会ったのでしばらく話し込みました。
 その後、梅原屋に行ってNさんに会い、その最新のガルパン作品である上図のカバさんチームⅢ号突撃砲F型を披露いただきました。Nさんの基調である、フィギュアも揃えてのスーパーフルインテリア仕上げです。

 

 相変わらずの芸術的作域に、何とも言えず溜息がこぼれました。まったくもって見事というしかなく、ネット上でもリアルでも、これほどのインテリア仕上げのガルパン模型作品を見た事はありません。そういえばHさんも似たような作品を作られるとのことでしたが、その戦車のフルインテリア仕上げ作品というのはまだ画像ですら見せて貰っていません。

 

 しかも凄いのは、タコム、ライフィールドモデル、アミュージングホビー、ドラゴン、ミニアートの各メーカーから相次いでⅢ号突撃砲のフルインテリアキットの発売がアナウンスされる前にこの作品が仕上げられているということです。つまりNさんは、従来の各メーカーのパーツ類を駆使して組み合わせて、工夫してこの完全なインテリア作品を構築したわけです。

 

 ですが、こう話していました。「誰かがこうやってフルインテリアキットを作るとね、すぐ後でメーカーが製品化してくるんだよね」と。
 それは私にも身に覚えがあります。以前にミラージュホビーのキットでボンプル高校チームの7TP単砲塔型軽戦車を3輌作りまして、3輌目は折角なのでフルインテリアにしようと試み、一部のパーツをレジンとジャンクから調達し、あとはプラ板などで自作して作ったことがありますが、完成後まもなくIBGから7TP単砲塔型軽戦車のフルインテリアキットが発売になってびっくりしたことがありました。

 

 さて、Nさんの作品では搭乗チームのキャラクター達も当然のように再現されています。上図のように、最も奥まって見えにくい操縦席に居るおりょうの姿もきちんと分かるように作られています。こういう点にもNさんの力量がさりげなく示されています。

 

 あとの三人は戦闘室内の砲尾の左右に陣取っています。エルヴィンとカエサルが普通に立っているのは、屋根が外されているからで、そうでなければ前かがみ気味になるでしょう。左衛門佐を含めて三人とも一様に斜め左を向いているのは、ジオラマ特有の「展示正面」が車輌の左側面にあたるからでしょう。

 こうした作品を例えば会場などで展示する場合、その鑑賞において全周囲から見るというケースはあまり無く、一定範囲の方向からのみ見るケースが殆どだと思います。だから、どこから見てもらったらよいか、どこから見て一番よく表現出来るのか、という観点が作品の製作時の基本方針をも定めることになる、と思います。このカバさんチームⅢ号突撃砲F型の場合は、左側面からが鑑賞時の主視点となり、つまりは「展示正面」にあたります。

 

 御覧のように、カバさんチームの4人の場合は、車内の左側に居る操縦手のおりょう、砲手席に居る左衛門佐の2人が座姿勢で低い位置になるため、展示における主視点を右側からにするとこの2人がほぼ見えなくなってしまいます。戦闘室の空間そのものも、砲が右寄りにオフセットされているため、右側は狭くて見せどころが限られます。

 したがって、この作品をよりよく見せ、魅せるには、左側面からをメインにして鑑賞して貰うのが良いことになります。それをNさんもよく理解してこのように仕上げている筈です。そのことは、戦闘室後部のハッチも左側のみを開いてある点からも察せられます。

 

 加えて、車外装備品のパーツも大半が左側フェンダー上に並ぶので、インテリアだけでなく外観の見せ場も左側に多くなります。

 

 ここまで解釈が進めば、あとはただひとつの評価しか思い浮かびません。芸術、の一句に尽きると思います。ガルパンの模型作品は大洗でもネット上でも数多く見かけますが、Nさんほどの領域の作品、Nさんほどの独創的センスの芸術的作品は見た事がありません。

 ガルパンや大洗の劇中場面や建物などを忠実に仕上げた作品、細かく作り込まれた再現された作品、美しく綺麗に仕上げられた作品、というのは色々目にしますが、それらには一貫して「何か」が足りないように私自身は感じます。技とかテクニックとかいう要素よりも上の次元の、万人の琴線に触れる「心の躍動」や「魂の鼓動」のような要素を織り込ませて作品の随所ににじませるという、そういった「何か」です。どんなに素晴らしい作品でも、その「何か」が足されていなかったら、「素晴らしい」止まりになります。決して「芸術」には昇華し得ません。

 同時にNさんの作品が芸術に見える理由を簡潔に述べるならば、造形上の「美的哲学」がNさんなりの「作想」のかたちとして、Nさん御本人も無意識、無自覚のままに確立されているからである、と結びます。
 「作想」というのは、例えれば日本美術史上の芸術作家たちが、燦然たる才覚のなかに光輝を放って国宝級の作品を連出せしめたその製作心、思想、の総称です。何故なのかはよく分かりませんが、数多くのガルパン模型作品のなかで、Nさんの作品には「作想」が鮮やかに、時には仄かに漂って感じられます。

 いや、正確にはもう一人、似たような「何か」を感じられるガルハン模型作品の作者が挙げられます。世界的に有名なモデラー山田卓司さんです。その作品群を浜松のジオラマファクトリーで拝見した際の感慨と言うのが、実はこのNさんの作品を拝見している時にも同じ意味合い、色合いで感じられるのでした。つまり、このお二人は私自身の解釈のなかではよく似ているのです。

 

 興味深いことに、そうした私の感じ方というのが決して私だけのものではないようで、過去に大洗へ行って梅原屋のNさんの作品群を見た交流仲間のモケジョさん達も似たようなことを話していました。
 大洗の他の色んな店でガルパン模型展示品を見たけれど、梅原屋のNさんの作品群だけが群を抜いていて感動した、出来栄えが素晴らしい作品は他にもあったけれど、Nさんの作品群だけはもっと上のレベルの素晴らしさだった、と。

 現在は嫁さんになったモケジョさんの一人も、「梅原屋にある展示品には、他のところの寄贈展示品には無いオーラていうかエッセンスがありますよね」と話していたことがありました。オーラ、エッセンス、という語句で評価されるガルパン模型作品もなかなか無いと思います。

 そして今回の大洗行きでは、Nさんの作品群に次ぐ感動的作品群として、初めて見るHさんの作品群に接したので、なかなかに楽しかったわけです。Hさんの作品群にも、独特のオーラが潜在的にほの見えるのが面白かったからです。そのオーラが、Hさん独特の「美的哲学」によって成立しているのであれば、その哲学の根源と基盤の何たるかをHさんに伺ってみたいところですが、機会がありますかどうか・・・。

 

 ところで、上図のような車体の分割仕上げというのは、どうやったら自分も出来るようになるのでしょうか。私も最近はガルパン模型のフルインテリア仕上げに挑戦する機会が多くなっているのですが、車体の分割に関しては上下の単純な分離にとどまっています。Nさんのような、部分的分割というのが、いまだによく理解出来ていません。組み立てガイドやランナーのパーツ群を見て、こことここをこうしたらああなる、というような閃きになかなか至りません。もっと沢山キットを経験して精進するしかないのでしょうか・・・。  (続く)